陸奥 亮子さんの昔の写真
目鼻立ちのはっきりした凛とした美人さんですね。
調べてみると・・・・
旗本・金田蔀の妾が生んだ長女として江戸に生まれる。明治の初め、東京新橋にある柏屋の芸者となり、小鈴(小兼)の名で通る。
板垣退助に愛された小清とならんで「新橋の双美人」と呼ばれ、新橋で一、二を争う美貌の名妓だったという。花柳界に身を置きながら、男嫌いという評判もあり、身持ちも堅かったといわれるが、結局は明治5年(1872年)2月、陸奥宗光の先妻蓮子が亡くなり、同年5月に17歳で客である宗光の後妻となった。
と書かれています。
やっぱり有名な美人さんだったようですね。
何時もの様にわたくしの勝手なイメージでカラー化させて頂きました。
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